読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

青葉台旭のブログ

青葉台旭が日々思う事を書きます。未整理の思考の断片も書いていきます。整理された思考は http://aobadai-akira.hatenablog.com/ に投稿しなおしていますので、そちらもよろしくお願いします。

どうやらブログでは「都会に住むか、田舎に住むか」という議論が時々あるらしいが、一体どこからが都会でどこからが田舎なのか。

都会と田舎の境目はどこなのかをはっきりさせないと、そもそも議論自体がうまく回って行かないのではないか。

例えば、八王子市に住むのは都会派なのか田舎派なのか。行政上、東京都なら都会のうちなのか。高尾山もそうか。

東京、大阪、京都、名古屋、横浜、神戸あたりは都会組だとして、それ以外の県の、県庁所在地を始めとする地方都市は都会の部類なのか。県庁所在地が都会だとすれば、その街に隣接している通勤圏内の町村は都会に入れてしまって良いのか。

例えば湘南に住んだら、例えば茅ヶ崎に住んだら、それは都会暮らしなのか、田舎暮らしなのか。

こういう風に考えてしまう理由は、消費活動をする上で昔ほど都会と田舎の差が無くなって、都会⇔田舎のあいだに中間地帯ができて、なだらかなグラデーションを描くようになったからだ。

私が上京したころは、大都会と地方の落差は大きかった。
まだバブルの残り香が日本に漂っている時代だったから、住んでいる場所も含めて色んな事にブランド序列があって、例えば、東京と埼玉の都県境のどちら側に住んでいるかで、密かに馬鹿にしたり馬鹿にされたりしていた。

しかし21世紀になって、そういうブランドの絶対的な上下関係が崩壊した。みんな、あくせくブランドを追いかけるのがアホらしくなった。

県境のこちら側なら都会暮らしで、向こう側なら田舎暮らしという人工的なブランド信仰から目覚めてしまえば、実際の地理は、都心⇔郊外⇔地方都市⇔田園地帯⇔大自然、と、なだらかに人が減って行って、自然が増えていく事に気付く。

都会暮らしか、田舎暮らしか、と言ったときに、例えば「マスター、都会3割、田舎7割のブレンドで頼む」という答えも、実際には可能だ。

もはや、二者択一の時代でもないだろう。